内観

TOLANDVLOGさんの古史古伝のエンタメ考察、すっごく面白くてよく見てるよ。

今朝、ホツマツタエのシリーズで出てきた「ハタレ」という存在。
ハタレとは、人の妬みとか恨みとか、そういった感情が凝り固まってねじり曲がっちゃった存在なんだって。
そのハタレたちが攻めてきて、国を揺るがすってすっごいエピソードだった。

印象的だったのは、ハタレたちも苦しんでいるというところ。
身の内に抱える負の感情に苛まれて、どうにも処理できなくて、暴走してしまった。
個としての苦しみしか意識できなくて、全体との調和から外れてしまっている。
なんとなく、現代に当てはめてもよく分かるメカニズム。

エピソードの中では、神々がハタレを救うためにまず鏡(八咫鏡だったっけ?)にハタレの姿を写す。
自身の醜い(とされる)姿をしっかり認識させる。
それから、海で何日も禊をさせる。
で、再び鏡に姿を写すと、人間の姿、つまり清められた正しいとされる姿になっている。

この部分を見て、うわーってなったんだよね。
まるっきり同じだーって。
流れてくる自動思考、思考を見る。ありのままを見る。否定も肯定もせず、ただ見る。
そして、体の感覚や感情を感じて、感じて、感じる。
その繰り返し。

神道でいう祓い清めってこういう解釈もあるんだ、ってなんとなく思ったよー。

あと、神々が悪(とされる存在)を討伐して終わりじゃなくて、なんとか救おうとする姿が随所に出てくるんだけどね。
それも、単純な善と悪ではなくて、個々の世界、宇宙にある矛盾した思考や感情。その扱い方を示唆してるんじゃないかってこれもなんとなく思った。
単純に、赦し、慈悲の精神に触れるっていう意味でもほわっとなるよね。

善も悪もきっぱり分かれてるんじゃなくて、グラデーションでそっちへ行ったり来たりしてる。個人的なものではなくて、周囲との関わり次第でカタチを変えていく、という感じー。

やっぱり、体の感覚を感じるのが最強!